学力だけじゃない 人間力を鍛える中学入試

地福 武史
株式会社スタディラボ 代表取締役

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子どもたち1人ひとりが有する学力の源泉は、幼少期の言語獲得に見出すことができる。脈絡のない大人の会話から博覧的に言語を獲得していく様はまさに狩猟的と思えるし、好奇心の結物と言える。親の笑顔や関心を得るために彼らが成す全ての学びこそ、「本物の学ぶ力」だと私は思う。彼らは身近な人間関係やそのコミュニケーションから、社会性や自己同一性を獲得していく。私は自らの指導経験を通して知っている、彼らが狩りの手順を取り戻せば誰でも目をキラキラさせて学びに身を投じることを。

歳を重ねるごとに出来合いに差が生じていくことに、誰も疑問を感じなくなる。そして大人は身勝手に、得点・偏差値・順位など一面的な指標を振りかざし、子どもたちをそのスケールにあてはめようとする。そして、自らに都合よく納得をするのである。そんな大人に好奇心を保てる子どもなんてそうはいない。懸命であっても筋の違った家庭が負のスパイラルに落ち込んでいく様を、私はこれまで数限りなく見てきた。
中学入試はあくまで通過点。終わってみれば誰もが冷静になる。しかし、結果に至る苛烈さからその賛否はわかれる。様々な人が様々な意見を述べ様々な評価を述べる。

さて私は、中学入試はあって面白い道だと考える。教育イノベーションが叫ばれ21世紀の学力観への移行が進む今、中学入試はますますその重要性と可能性を伸ばしていると考える。
子どもたちが言語を獲得した時の好奇の対象は親だ。そして、低学年期の能力開発における好奇の対象は教師などをふまえた大人たちであり、そのつながりである。さらに、この中学入試を教育的に意味合い深いものとするためには、好奇の対象を「世の中 社会 ありのまま」に持ち込めるかどうかが極めて重要である。この段階において、子どもたちは大人であり、対等に接するべき存在なのだ。中学入試が10歳の選択以降の関門であり体験であることを、大人たちは自覚しなければいけない。

21世紀という激動の時代に生きる子どもたち。2045年、シンギュラリティの到来。彼らは人工知能や生命科学など進化する科学技術とどう向かい合い、どう新しい社会を織りなしていくのだろうか。こんな時代だからこそ、「ひと」はもっと「ひと」に進化しなければいけない。世に出ればあらゆる武器をぶら下げていても、結局は対人関係能力と臨機応変な知の発動が不可欠なのだ。
子どもを愛し言葉を獲得し、皆で見守り能力を開発し、そして社会を知る喜びをふんだんに取り組んだ中学入試。この三段階は成長そのものである。
人間形成に対する確固とした考えを大人が持ってこそ、子どもたちは全ての事象を無邪気に楽しみ、その本物の学びの中からとてつもない成長を遂げる。
エリオはそのための新しい私塾。
私はエリオで「人間力を鍛える教育」を日々実践していく。

補足
*シンギュラリティ:技術的特異点。人工知能や生命科学の進歩によって、これまでの世界とは異なる不連続の世界が2045年頃に到来すると予測されている。